2月と4月に、トカラ馬を飼養している、「開聞岳山麓自然公園」・「鹿児島大学農学部付属農場」・「十島村中之島」の3ヶ所を取材した記録を記事にし、6月に上記学会に投稿しました。
編集選考委員会より選考を頂き、「トカラ馬見聞記」として12月号に掲載されました記事を、以下にし紹介させて頂きます。
はじめに
トカラ馬は九州南西部に位置する島嶼群であるトカラ列島で古くから飼われてきた日本在来馬である。体高110~120㎝程度で日本在来馬としては小柄といえる。かつては列島の島々で農耕や運搬、サトウキビ絞りなどで用いられてきた。
明治38年から始まった馬政計画により、日本の在来馬は洋種馬との混血が進んだが、トカラ馬は離島で飼育されていたため、ほとんど洋種の遺伝的影響を受けずに終戦を迎えた。しかし戦後、農業の機械化で飼養頭数は激減した。
さて、筆者はかねてより日本在来馬に興味があり、平成23年7月~平成26年7月にかけて御崎馬、木曽馬、対洲馬、野間馬、宮古馬、与那国馬、北海道和種の7種について、各在来馬保存会担当者を訪ねて、日本馬事協会が平成19年12月に出した「日本在来馬保存会全国会議概要」の進捗状況、今後の課題等を聞いてきたが、その結果これらの保存会が本来あるべき在来馬の姿に真摯に向き合っていることが分かった。また、乗馬が可能な在来馬には実際に乗ってみて、動きの感触を味わうことができた。
筆者未見の在来馬として最後にトカラ馬の保存担当者を平成29年2月から4月にかけて訪ねた。現在トカラ馬は群れとして開聞岳山麓自然公園、鹿児島大学付属農場、十島村中之島の3か所に分散して飼育されている。今回、それぞれの群れの飼育に直接携わっている方を訪ね、話を聞いたのでその概要について以下に記したい。
開聞岳山麓自然公園
訪問日:平成29年2月16日
話しを聞いた人:いわさきホテルズ 岡本敦郎氏
平成28年度仔馬の出生頭数:9頭(牡:6頭、牝3頭)
平成28年度総頭数:57頭(牡:27頭、牝30頭)
今年は9頭の仔馬が生まれたが、群れの牡のうち9歳の栃栗毛が最も優位で、この馬の仔馬が多いと推定される(写真1)。
馬たちは午前8時に牧柵内のエリアから開放し、午後5時に全てのの中に収容する。
なだらかな山麓に放牧される馬たちは、人間に対して全く無警戒で、ひたすら牧草を食み、カメラを向けても動じない。4つのグループの馬たちと、単独で行動する数頭の牡馬たちの姿は、まるで御崎馬を見ている様な気分になるが、明確なハーレムが形成されているかは不明だった。また牡馬同士の闘争行動は、ほとんど見られなかった。(写真2,3)。
餌は牧草だけでは足らず、年間に百数十万円ほど資料費がかかるそうだった。ただし、運営は、鹿児島県を中心に幅広く観光、交通事業を手掛ける「岩崎グループ」がしており、財源的に安定していると考えられた。
写真1、開聞岳山麓自然公園の群れで最も優位と思われる牡
写真2、公園内に放牧されているトカラ馬。開聞岳が奥に見える。
写真3、 川尻海岸が望まれる
鹿児島大学農学部付属農場
訪問日:平成29年2月17日
話しを聞いた人:同大学農学部准教授 大島一郎氏
平成28年度仔馬の出生頭数:4頭(牡:3頭、1頭)
平成28年度総頭数 :41頭(牡:19頭、牝21頭)
付属農場は、主に牛を研究するための場であり、現在、鹿児島大学で馬を専門に研究されている先生はおられない。この農場において馬は「動物的遺伝資源の確保」と「牧草地の管理」が目的であり、人が馬にアプローチするのは、伝貧の検査のときだけである。馬は牛の食べ残した牧草を食べさせるため、役150haの農場を20か所程度に牧柵で区切り、飼育員が1ヶ月に1度ぐらい見回り、馬を別の区画に移動させる。馬のために追加の餌はあたえない。冬はススキや雑草を食べている(写真4,5)。
写真撮影がしたい旨を伝えたところ、飼育員の車の後から大島先生の運転する車で馬の居そうな場所を探しに出かけた。馬が見えた瞬間、馬たちは一斉に丘を目指して走り去ってしまった。大島先生に無理を言って、飼育員さんに丘の上から「馬」たちを追い立ててもらったが、一斉にもの凄い勢いで斜面を走り回り、カメラに安易く納めさせてくれなかった。
5~6群のハーレムが形成されているが、近親交配が進んでいるようである。牡馬同士の闘争行動はかなり激しいと言われた。
写真4、人間の気配を察知し逃げる馬たち
写真5、 全く近寄らない馬たち
十島村中之島
訪問日:平成29年4月22日
話しを聞いた人:十島村契約職員 本田氏
平成28年度仔馬の出生頭数:3頭(牡:1頭、牝2頭)
平成28年度総頭数 :21頭(牡12頭、牝9頭)
トカラ列島中之島で飼養されているトカラ馬たちは、離島で飼育されている唯一の群れである(同列島の宝島に19歳の牝馬1頭が飼育されているが、保存会の数にカウントされていない。
鹿児島港より、23時発のフェリー「としま丸」に乗船して8時間後、島に到着した。いきなり硫黄の匂いがが鼻をついた。料金はこころざしという適度な温度の天然温泉にしっかりつかり、洗髪、髭剃りを済ませトカラ馬牧場がある標高250mを目指し、2.3㎞の坂道を、6回分の食料と水・着替えの衣類が詰まったリュックを背負い、ひたすら歩いた。
登り切ったところで、小さく馬たちの姿を見つけたが、コンクリート舗装された道路の右下1.5m位の所mに池があり、その池が約2haの馬たちの放牧場の3分の1を占めていた。湿地に続いて馬たちの放牧場があるが、そこには牝馬8頭が放牧されていた。平成28年度は雪が降り2頭が死亡したが、離島ゆえ獣医師をすぐに呼ぶことも出来ず、死因不明のまま葬ったそうである。
左手を見上げると御岳(979m)がそびえており、稜線に森がありその下が牡馬の放牧場になっていた。牝馬がいる放牧場が下牧場、牡馬がいる放牧場を上牧場と称していた。大雨が降った時には御岳から森を下った雨水で、上牧場が川のようになり、下牧場に流れ込み冠水してしまう。伝貧の検査のためにやって来る獣医師には、下牧場の牝馬の伸びすぎた蹄を見る度に「道路のゆうな堅い所を歩かせないと」と言われるが、飼養する者にとっては簡単な話しではないと嘆いていた(写真6,7)。
ここの馬たちは周年放牧である。
どの馬もとても人懐っこく、カメラを向けると周りの馬たちまで著者の体に触れるぐらい近寄って来る。優しい目がいじらしかった。
餌は牧草の他に、ヘイキューブとチモシーを与えているが、開聞岳山麓自然公園の馬たちと比べると、若干痩せているように思われた。管理者も栄養が足りているか大変気にしていた。
現在のトカラ馬のルーツは喜界島から移動した馬たちだから、喜界島から妊娠が確認出来た馬1頭を移して欲しいと言ってきているそうである。
写真6 大雨が降ると川になる上牧場
写真7 右奥に池があるのが分かる
おわりに
3か所の施設で飼育されているトカラ馬の平成28年4月時点の総頭数は119頭(牡:58頭、牝:61頭)であった。またマイクロチップが2016年11月以降順次に埋め込まれ、個体識別がなされるようになっている。さらに全頭に対して伝貧の検査が定期的に行われている。
さて、2016年5月9日から朝日新聞夕刊に「在来馬をたどって」と題したコラムの連載が始まり、その1回目はトカラ馬だった。しかしその記事には鹿児島大学農学部付属牧場で飼育されているトカラ馬しか取り上げられず、開聞岳山麓自然公園、十島村中之島に放牧されているトカラ馬には一切触れられていなかった。
筆者が訪問した3か所の飼育施設の馬たちは、人に対する態度、飼育環境、栄養状態などそれぞれ大きな違いがあった。
分散して飼育されている3か所全てをを見たうえでなければ、本当の意味でトカラ馬をしることが出来ないことを痛感した次第である。
※伝貧とは、「馬伝染性貧血症」のことで、馬にとって死亡に至る大変厄介な伝染病である。
4年前、御崎馬に発生し15頭が殺処分されている。
本年はこの記事で締めさせて頂きます。
お付き合い頂き、有難うございました。
来年は、別の学会に「研究ノート」を投稿できるよう、現在、取材・資料集めに勤しんでいます。
皆様のご健康とご多幸を祈念いたします。
我が家の愛犬 レノン 牝 9歳
平成29年12月27日
鈴木純夫